昭和五十四年十月三十日 朝の御理解
御理解第四十七節 「祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ。」
「おかげにならん」と、こうはっきりおっしゃってあるですね。お薬を飲ましてもらう。そして、例えば、腰痛なら腰痛が良くなる。 やっぱりおかげになってますよね。たとえ神様にお願いしなくても、なら、お道の信心させて頂く者でも、そんな事があろうと思うのです。
飲んだあとから、あゝほんに神様にもお願いしとらんじゃった。お取次も頂いてなかった、というような事もございますよね。それでもやはり、腰痛なら腰痛が治っておると。だから、そういう意味ではない事がわかりますね。
「おかげにならん」と言うのはね。お取次をお願いをして、んなら、お薬を飲んでも良くならん事もあるのです。だから、そこにおかげにならんと言うのは、そういう浅い事ではない。おかげにならん。神様にお願いせずに薬飲んだら、すぐ痛みが止まった。と。ね。 言うように、そのおかげになってる。だから、ここでおかげにならんとおっしゃるのは、そういう事ではない、と言う事です。
勿論、信心さして頂くからには、段々形の上に於てもです。薬一服飲まして頂いても、神様にお供えをして、そのお下がりを頂いて飲ましてもらう。と、または病院なら病院に行くなら、只今から病院に行きますからと、電話ででもお取次を頂いて行くと、ま、ここでは普通であります。
だから、そういう事も段々身にいてこなければならん訳ですけれども、ね。だから、なら良くなるとか、良くならないと言う事ではない。おかげになる、ならないとはっきりおっしゃっておられる、ね。
例えば、親に不孝をすれば、おかげにならん、ね。これは、ま、合楽理念の根本と言われる。「合楽理念の根本は親孝行だ」と、こう言われています。けど、その親孝行にもピンからキリまであるという事です、ね。ま、それで、私の親孝行を聞いて頂きたいと、おもうですけれどもね。
もう本当に、親に孝行したいばっかりに、本気で信心にならせて頂いたと言うても良いのです。私は、ね。それで段々、信心をさせて頂いとりましたら、もっともっと本当の親に気付かせて頂いたんですね。もうそれこそ、親が涙を流して頼んでも、私がそれを聞かなかったんです。こんな親不孝はないですよね。ふつうから言うたら。
子供、年寄りと抱えてね。そして、ま、商売をさして頂き。ま、一人前の商売が出来るあんたが、もうそれこそ、破れ鞄を下げて、破れ服を着て、破れ靴を履いて、毎日毎日、こと、神様の事だけに、ま、私の修行中の事なんです。ね。だから、その信心を止めよなどとは言わんて。けれども仕事は仕事。商売なら商売をさしてもろうて、ま、いうなら生活が出来るようにして、そして神様に打ち込むなら、「何とも言わん」と言うような。
あんたが、も、このままこういうような状態が続くなら、「もう私だん、それこそお四国参りでもしなきゃでけん」と言うて、もうそれこそ、言うた事のない父が眼に涙を浮かべて、私に申しました。 もう私は、それを聞いておったら、あの不思議におかしくなってくるんです。こみあげてくるんです、おかしさが。
それは先の事が分らんから、だから、まあ聞くだけ聞いといてから、もう私が笑いだすから、「こげな私は大事な事ば、言いよるとに、笑ちからから」と父が言うんです。「さ、御祈念御祈念、とにかく神様におすがりするより他ない」と言うて、ま、親子三人で御祈念をさして頂いて、そして、も、その時分には、神様から、お知らせ頂いとりましたから、御理解でも頂いとりますと、んなら、「もう一辛抱の」と言うておった。
その時分の事を言うたら、ま、一寸親に、こんな不孝な事はなかろうと思うです。ね。親の言う事を聞かんのだから。言うならばです、私にとって親は、本当に「世界一大切」と言うたら大切なんだけれども、ね。けれども、その大切な親が言うても、「神様の仰せには背れん」と言う生き方です。
家内を、なら世界一に最愛の家内であってもです、ね。私は家内に、これははっきり言うております、初めから、ね。けれども、ね、親を粗末にするごたるならば、「俺はお前といつでも別れたっちゃいい」と言いよりました。ね。最愛の、んなら家内、家内にひかれて家別れする、ち言うごたるとがおりましょうが。
私はね、も、親に孝行のでけんごたるなら、もうお前とは、いつ別れたっちゃええ。けれども、「お前を愛しておる」と言う点に於ては、お前を一番愛しておるけれども、その親を粗末にするごたる、親不孝するごたるなら、俺は、も、いつ別れてもよい。というのが、これは家内に言うておった事であり、なら親に対しても、もう親と言やあ世界一大切なんだ。私にとっては。けれども、ね。「神様の仰せにはそむかれん」と言う生き方でした。
先日から、大祭の後の昨日、一昨日、信徒会長夫婦が、昨日竹葉会で、先生は甘木の記念大祭に招待されとったそうで、おかげ頂いて帰って、丁度ここで一緒になった。富永先生も見えとったから、夕食を一緒にさせて頂いて、この頃の大祭の時の話を、まあ聞かせて頂いて、本当に、まあ人間人情を持ってするなら、ほんにそげんもあろうと、私は思いました。
どいうものでしたか、少し善導寺の親先生は酔狂気味のあんなさるとぢゃないのと、私は昨日、そん時言うた事でした。けどももう、誰にでも彼にでも当たり散らかして、まあ、いろいろ、とにかく秋永さん、そこに座らんの、と。私は、「あんたげん秋永家の信心を聞きたい」と言ったような事から始まったそうです。
あちらのお婆ちゃんが、もうそれこそ長年の三井教会の信者でしたかね。ですから、まあ、そういう事をいろいろこちらは、まあ、笑顔で受けておるけども、えらい深刻な事を言われるから、秋永先生の奥さんが、「うちの親先生」、いわゆるここの先生もです。そりゃ、もう「親教会」と言う事については、もう大変な修行をなされておられる。て。
もうそれこそ獅子が、言うならば、突き落とされて千仭の谷から這い上がってくるような修行を、やっぱしとられますよ。と言うて申し上げたら、先生が言われる事が「秋永さん、秋永さん、そげなこっちゃなかばいち。家の場合は、親の方が蹴落とされとるばい」ち、言わっしゃった。という話を聞いたんです。
私が、「親を蹴落とした」とこう言う。なるほど、そういうものがいつも心の中にある訳ですね。ね。そこで私は、今日の御理解はこりゃ薬とか、ね、またはその、お取次をするとかしないとか、ね。 お取次を頂いて、薬を飲まなきゃならん事なんですけれどもね。おかげになる生き方。おかげにならん、これではおかげにならん。たとえ、んなら腹が痛いから、薬を飲んだおかげですぐ治った、というおかげは頂かれても、本当のおかげにはならんと言う事。
金光様の信心する者、これは根本的な精神の中に、もう刻み込んどかなきゃならない事は、お取次を頂いて起きてくる事、良い事悪い事みな良いです。お取次を頂かずして起きてくる事、良い事悪い事みな悪いです。だから、治るとか治らないとか、そういう程度の次元の低いおかげではない、という事。
そこで、私が両親に対する親孝行の話を聞いてもらったけれども、んなら私は、私の方の椛目の妹も、そうでした。妹はもう、私に負けん位に親孝行な女の子です。本当、ね。けどもここへ参りますでしょう。そすと、まあ夜、休む時に床を取る。するとね、もう腰が曲がっとりますから、「おばあちゃん、自分で床を敷かんの」と言うて、そばでちゃんと見とるんです、ね。
どうした親不孝じゃろうか、自分がちょいと取ってやると、どこのどうあるじゃろうか、と、ね。ま、思いなさるだろうと思います。 私もそうでした。いつも聞いて頂きますような、私が純毛のシャツを着ておる時には、父はメリヤスのシャツを着ておりました。私があの純毛のもっと高級な何とかというのを、着せて頂くようになりまして、初めて純毛のシャツを着ました。
両親に「小遣い」と言うて、あげた事もございませんでした。一週間に一遍しか、両親と一緒に食事をする事もいたしませんでした。 もうそれは、も、大変楽しんで、一週間に一遍づつ楽しんでおりましたが。ね。それこそ肩一つ揉んでやった事なし、足一つ撫でてやった事もありませんでした。
ところが、私の両親は、ね。父は九十三、母は八十六か七かでしたかね。で、亡くなりましたけれども、その年になるまで「腰が痛い、肩を揉んでくれ」と言った事がありませんでした。そりゃもう、やっとかっと布団を敷く時には、も、上からこうやって上げて降ろして、自分で、こ、敷きますけれども、本当に家の嫁ばっかりは、どうした奴じゃろうかとは、ひとつも言いもせん思いもしませんでした。
それは心と心が通ずるからです、ね。私の妹はスマ代と言いますが、スマ代が床を敷いてくれんのは、私に運動をさしてくれておると、も、本当に思うておったからです。ばあちゃん、こんくれな事はしたが良かばの、ち、そばでこうやって見てる訳です。私も、それとひとつも変わらん。ね。ですから、私の親孝行はやっぱり、まあ、いうならば、最高の親孝行であった証拠に、両親の部屋に行きますと、皆が、も、こここそ、「極楽部屋」ち、言いよりました。
夏は涼しい、冬は暖かい。冷暖房の用意はしとりましたけども、なかなかあんまり好きませんでしたから、も、いつもお火鉢だけでした。それでももう、それこそ温室のように暖かだったですからね。もう、いつ行っても、お酒の好きな人があると、お酒を一杯出すのが楽しみでした。
私が、お酒を持って行ってやった訳でもないです。も、甘いものが好きな人が来ると、お茶を入れて、「さあ一服」と言うて、お茶を出したりお菓子を出したりするのが楽しみ、そういうものが切れ間がなかったです。あの部屋は、ね。いかに極楽部屋であったか。と。
私が止むに止まれん、ほりゃ、もう両親には、こうやってしてやる事、ね。さ、私より、「よか着物を着せる」と言う事。私よりも、よかシャツを着せる事が親孝行で留まっておるならば、おそらく九十いくつなるならば、「そこが痛かここが痛か、があったじゃろう」と私は思うです。
ところが、私の両親は亡くなるほんのしばらく前まで、寝つくという事がございませんでした。母なんか、皆さんも御承知のように、も、それこそゴソゴソ這うぐらいまでは、ここの一番正面に来て、ちゃんと四時の御祈念を頂いて、五時の御理解を頂くのが楽しみでした。
もういよいよ、出て来れんようになりましてから、もうあの、バタバタ弱りましたけれどもね。おかげを頂いて、半年違いで、父と母が亡くなりました。亡くなって、あっあげんもしてやっとけば良かった、こげんもしてやっときゃ良かった、という事は、も、本当にさらさらございませんでした。
どうでしょうか皆さん、本当の親孝行。なら、私と親教会の場合であっても、そうです。これはもう、子々孫々、私と善導寺の教会というのは、ね。もうこれは、いつまででも、いわゆる親と子の関係にあります。親の所にもせないかん。さぁ、記念祭だ、大祭だ、または初代、先代の式年なら式年のお祭りがある。
親教会に何か、という時には、もう絶対お役に立たなければならない事は、こりゃもう、言うておりますから、これはおそらく言い残される事でしょう。ね。と言うて、んなら家に、こういうような立派な、たとえて言うと、お広前が建立されたから、親教会にもこれと同じようなものを建てんならん。私は、そういう考えは、も、さらさらないです。
親孝行と言うのはそんなもんじゃない、ね。そして、なら今日、御理解を聞いて頂いた。いかにも、なら千仭の谷に、親を突き落とした。ね。それは丁度、私の妹が母の床取るのを、こうやって眺めておる事と同じじゃないでしょうか。もう本当に、家の親ばっかりはしてやろうごとなか。も、つら見苦しか。だから、してやらん。そんなもんじゃない、ね。
そりゃもう、どんなに言われたって、どうされても、もう人情を使わん。人情と神情の相違が、そういう事になったんだな。と、いう事を、秋永先生の奥さんの話を、一昨日聞いて思いました。そして昨日、「その話を誰にしょうかな」と思いよったら、差し止められた。そしたら今日許されて、この御理解からその事を頂くんです。ね。
祈れ薬れ、という事は、ね。いうならば、ただ薬れ薬れというだけで、いかにも撫でたり擦ったりしてあげる親の思いに添う事が、今の親の思いに、いうならば添う事だけが、親孝行ではない。
私が涙を流して頼まれても、私が、それこそお話を聞き終わった時には、もうおかしうて笑った、という心の状態という時には、もっと遠い所にあったんだ、という事がわかるでしょう。ね。
だから、これを簡単に聞きますいね。ほう金光様の信心は薬を飲むでん、お取次を頂いたり、お願い、祈りを先にせにゃ、おかげにならん、ち、言うちゃるが、なかなか難しいか事に、なりゃしませんでしょうか。ね。または、んなら、いいや、お願いせんなりに薬飲んだばってん効いた、と、いう人があるかもしれません。
だから、おかげを頂くとか頂かんとか言うのは、そういう程度の低いものではない。本当に親と子が助かっていくために、いうならね、神情を持っての親孝行でなからなければならん。神情を持ってのお薬であり、または、医者にかかるでなからなければならない。人間心ではいけない。ね。
昨日敬親会に、もう、この話を聞いておばあちゃん達が大変、まあ感動された事でしたけれども。福岡の八尋さんという方、が、もう月に、それこそ何回かしか参ってきません、永い信心ですけど。癌の宣告を受けて、あくる日手術という事だったんです。それで手術前にお願いに見えたんです。
その時、若先生がお取次させて頂いたが、言われる事が「八尋さん、あの癌と思うて帰ると癌になるよ」と。今、合楽じゃ観念、と、いう事が言われるが、ね。その癌という観念を捨てなさい。も、神様の御都合ばい、ち。も、「神様の御都合御都合」と言うて帰った、ち。そしてあくる日、いよいよ手術のために病院に行って検査を受けたら、こりゃちょっと、手術を見合わせよう、と、いう事になった。
それから一週間、そして病院に、またやらせて頂いた時には、もうその気もなかった。ち、言うのです。もう驚くやら、有難いやら、で、も、本当にこれは、これこれの金が要るのじゃったのが、も、おかげを頂いて、痛い思いをせんですむ。もう子供達なんか、もうそれこそ、陰で泣きよりましたけれども。おかげを頂いて、あの、ま、おかげを頂いた。と言うて、あの御造営費のお供えを持って、昨日、一昨日でしたかね、御礼に出て見えました。その話をしたんです、ね。
ですから、お互いの信心が、本当に、ね。こういう病気だ、と言うたら病気になり、ね。これを神様の修行だ、と思うたら、神様が修行で受けて下さる。神様の御都合という事が分かったら、神様の御都合。はあ、こういう御都合であった、という訳が分かる。ね。そすと、ここで、どういう事になるか、と、言うとね。
薬を飲むとか飲まないとか、と、いう、もう一つ向うにですね。いうなら薬は飲まんでも、おかげの頂いけれる世界がある事が、分かりますですね。これは身体だけの事ではない。いうならば、私と親教会の事を聞いて頂いたんですけれども、ね。そこには、普通から言うたら、人情で言うたら、ね、親不孝になるようですけれども、ね。これを神情で頂いたら、それがおかげになる、じゃなくて、もう目に見えない所の働きにまで、移っていくんだ、変わっていくんだ。と。
自分がメリヤスのシャツを着て、親に純毛のシャツを着せる。これが普通一般でいう親孝行です。だから、金光様の御信心は、普通一般ではない、ね。薬を飲むとか飲まない、と、言う事でも、普通から考える観念とは違う。そこで、ここでは薬は毒だ、と、いう観念を、皆さんに植えつけようとしてみる訳です。
薬は毒なんだ。また、これは神様から頂いた事でもあるけれども、事実そうなんです。だから薬は毒だ、と、いう観念があるから、薬は飲まんでもおかげを頂ける手立てを、信心によって頂いていくと言う事にもなってくるんですよね。
信心の何というか、奥所と言うか、信心の深さ広さ。そりゃ私も、本当に、大坪先生は親孝行で、親教会でもこうしなさる、と、いうふうに誉められた方が、いいですよね。人間的には。けども、誰が悪口を言おうが、どうしょうが、本当に親が助かるために、ね。神様のおかげを本当に受けられるために、あえて悪口を言われる位な事は、まあ、気にかからん、と、いう位な信心を、私は頂きたい、と思う。
皆さんも、そうです、ね。小さいことには驚かず。あっ、小さいことには、こだわらず、大きいことには驚かず、天地のように生きたい。これが私の信心であり、皆さんもやっぱり、そういう信心をして頂きたいと思うですね。どうぞ。